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「海軍」に関する名言

勝海舟

の名言・格言

教師の名前はカッテンデーケ(ヴィレム・カッテンディーケ、オランダ海軍軍人)といったが、笑いながら「それは良い修行をした。いくら理屈は知っていても、実地に危ない目に遭ってみなければ船のことはわからない。危ない目と言っても10回が10回ながら格別なので、それに遭遇するほど航海の術はわかってくる」と教えてくれた。このとき、理屈と実際とは別だということを悟ったよ【覚書き|長崎海軍伝習所時代の航海実習時に教官からあまり沖に出すぎるなと言われていたが、遠出してしまい、かつ嵐に会って沈没しそうになった時を振り返っての発言】

アンドリュー・カニンガム

の名言・格言

海軍が一隻の軍艦を造るには3年かかる。しかし、新しい伝統を築くには300年かかるだろう。

勝海舟

の名言・格言

俺はそこで、もうだめだと思って大声で「自分が愚かで、教師の命令を用いなかったために諸君にまでこんな難儀をさせる。実に面目ない次第だ。自分の死ぬるのはまさにこのときだ」と叫んだところ、水兵どもはこの語に励まされ、一同全力を尽くして海岸の方へ(船を)寄せ付けた。【覚書き|長崎海軍伝習所時代の航海実習時に教官からあまり沖に出すぎるなと言われていたが、遠出してしまい、かつ嵐に会って沈没しそうになった時を振り返っての発言】

勝海舟

の名言・格言

外国というものを、ドシドシ若手の連中に目撃させねばいかぬとと思ったから、大いに遊学生を奨励したが、その結果として榎本(武揚)などが、いよいよオランダに渡航することになった。これから講武所師範役となり、また海軍奉行などとなった。【覚書き|講武所砲術師範役時代を振り返っての発言】

米内光政

の名言・格言

官舎でやもめ暮らしをしている間に、読書の癖がついた。とくに鎮海の閑職時代には書物を読むのが何より楽しみであった。いま、海軍大臣という大事な仕事をするのに、それが非常に役に立っているように思われる。【覚書き|帝国海軍で「島流し」と呼ばれていた閑職である鎮海要港部司令官を務めていたときを振り返っての発言】

山本権兵衛

の名言・格言

後世、日本海海戦が神秘的な力で勝ったように思われては、日本の運命が危ぶまれる。【覚書き|山本氏は8年間海軍のトップとしてロシア海軍打倒を目標に様々な活動を行った。天運のみでは勝てなかったことを十分知っており、後世の軍人たちが思考停止になることを危惧しての発言。残念ながらこの後、日本海海戦は神格化されてしまう】

ウィリアム・ハルゼー

の名言・格言

お前たちが争いを起こすことがあれば、その場で軍服を脱がせるぞ。 【覚書き|ガダルカナル攻防戦の司令官に抜擢された時の言葉。当時ガダルカナルでの日本軍との戦闘は膠着していた。さらにアメリカ陸海軍の仲が悪く、失敗を擦り付け合うような状態になっていた。ハルゼーは陸軍海軍の責任者を呼び、上記の言葉を発した】

西郷従道

の名言・格言

造らないかんものなら、仕方がなかでごわしょう。それ(文部省の予算流用)が知れて、許してもらえんのなら、山本さん、二人で二重橋(皇居)の前で腹ば切りもんそう。二人が死んで主力艦ができればそれで結構です。 【覚書き|海軍大臣山本権兵衛が内務大臣だった従道を訪れ、海軍の主力艦三笠の建造費用が確保できないことを相談した。従道は文部省の予算を流用するよう提言する。予算流用は大罪だが、当時の日本に必要な費用だと上記発言をして実行する。戦艦三笠はこのあと日露戦争日本海海戦で活躍する】

東郷平八郎

の名言・格言

軍備に制限は加えられても、訓練に制限はないのでしょ? 【覚書き|ワシントン軍縮会議で日本の主力艦保有量を米英の6割にする条約を締結したことを聞いた時の発言。ハードで劣る状況を戦闘技術や兵の連携で克服しようとした。海軍の猛訓練体質は太平洋戦争終了まで続く】

米内光政

の名言・格言

いまは必勝の信念の方に進みますが、他面の時機も常ににらんでいくつもりです。 【覚書き:昭和20年に高松宮へ発した言葉。他面の次期とは戦争を終わらせることを意味している。海軍大臣時の発言。】

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