「昭和」に関する名言
の名言・格言
ある時代にある事業をやっていた人が、非常に成功することがあります。たとえば、昭和30年代には紙。それに関わった人はみんな大金持ちになりました。それは、ある時は株、ある時は不動産、そして少し前はIT、時代には一つの大きな波があるわけです。次は何かという、その時代の大きな流れをつかむことです。または、時流に反するところ、ニッチ市場に敢えて行くという方法もあります。
の名言・格言
思うに昭和2年の金融パニックは、第一次大戦後の日本経済のインフレ病を大正9年のパニック処理で完全に治療、回復させていなかったことに原因する。それ以降、依然として放漫な経営を続けた業者と銀行とが、いつかは徹底的な手術をしなければならない運命にあったわけだ。それを怠っていたところへ、さらに世間一般の不安と不信の真理に勢いがついてどうにも処理できなくなったのが、昭和2年の金融パニックの実態であろう。
の名言・格言
昭和初頭の財界不況に遭遇し、私はしばしば自殺を考えるに至るほどの苦しさを経験した。ときには社員の給与にも困難し、十万円の借金をするのに保険会社に軒並み頭を下げて回り、皆断られて小雨の降る日比谷公園をションボリ歩いたこともあった。松の枝がみな首吊り用に見えて仕方がなかった。しかし、いまにして思えば、すべて信念と忍耐力の問題であった。
の名言・格言
半日分の工賃の損失は、長い目で見れば一時的の損失で問題はない。松下電器は将来ますます拡張せんものと考えているときに、せっかく採用した従業員を解雇することは、経営信念のうえにみずから動揺をきたすことになる。 【覚書き|昭和初めの世界恐慌のとき、従業員を一切解雇せず、給料も据え置いたときの発言。生産時間を半日に減らし、余った時間は全社員で在庫を出来る限り売りさばくことに費やすことで経済危機を乗り切った】
の名言・格言
相手の成長ために褒める・叱るというのは、古くから受け継がれてきた日本人の美点だと思います。「昭和の頑固親父」と言えば、相手の将来を思って、ときに熱く、ときに厳しく育てる姿が思い浮かぶでしょう。それは、正社員ばかりで、終身雇用が保証されていた、高度成長期の話だろう。雇用が流動化している今は、そんな接し方は流行らない。そう思われる人もいるかもしれません。しかし、それは違います。数年後には同僚でなくなっているかもしれない。だからこそ、次の職場で立派に仕事ができるように成長してもらいたい。そう思って部下を育てる。自分の損得を越えた、相手への好意が必要なのです。
の名言・格言
いまは必勝の信念の方に進みますが、他面の時機も常ににらんでいくつもりです。 【覚書き:昭和20年に高松宮へ発した言葉。他面の次期とは戦争を終わらせることを意味している。海軍大臣時の発言。】
の名言・格言
俗語を使いまして恐れ入りますが、ジリ貧を避けんとしてドカ貧にならないようご注意を願いたいと思います。 【覚書き:太平洋戦争開戦直前に昭和天皇に献じた進言。当時日本はアメリカの経済封鎖で経済的にジリジリと窮地に陥っていっていた。】
の名言・格言
新会社は設立当初から「スモール・スロウ・バット・ステディ(小さく遅くても堅実で行こう)」をモットーとしていた。 【覚書き:日商(現:双日)設立時のモットーを振り返った発言。日商は巨大コンツェルン鈴木商店の一部門が独立した会社。鈴木商店は大番頭金子直吉の放漫拡大経営と昭和大恐慌によって消滅した。その反省から上記のモットーが生まれた】
の名言・格言
社長に就任した当初、業績的には最悪の時でしたが、ところが社内を見まわしてみると、驚いたことに、社員たちはとにかく猛烈に明るかった。これは大きな発見でした。それは結局、前社長の村井さんが社内ムードを変える準備を全部しておられたんですね。村井さんも苦心されてマツダの再建を成し遂げた後、昭和57年からアサヒビールの社長をされていました。
の名言・格言
昭和24、5年の苦しさは私の骨身に徹した。こんなことは2度と繰り返したくない。普段からあらゆる場合に対処できるよう、石橋を叩いて渡る経営に踏み切ろうと固く誓った。【覚書き|戦後まもなくの頃、営業不振で銀行取引停止寸前まで経験した時を振り返った時の言葉。なんとか乗り切るも経営危機はつらい経験だったため、以後シャープは健全経営ひとすじで会社を切り盛りする体制が形作られた】
の名言・格言
不況だ不況だと言っても、昭和二年の不況からすればまだまだ経済に余力はありますし、終戦のときのことを思えば、いまの生活がどれだけ豊かになったかがわかるでしょう。むしろ豊かになりすぎてしまい、その豊かな生活からモノの価値を考えるようになってしまった点にも問題があるんです。
の名言・格言
私が昭和39年の入社、奥田(碩)にしても昭和30年入社ですから、労働争議そのものは生で経験していません。でも、若いころに諸先輩方たちから辛酸をなめた時代の話を集中豪雨的に聞いていますから、身にしみついているんです。ただ、いまは豊かな時代に育って入社した世代ばかりです。苦労性と言われるかもしれませんが、語り部として危機感を後進に語り継いでいるつもりなんです。
の名言・格言
戦後50年という一つの時代が終わり、時代の潮流がその流れを大きく変えようとしている。まさに時代の大きな変わり目に来ていると思います。過去100余年の歴史を振り返ってみますと、日本はこれまでに2度、時代の激変を経験しています。ひとつは明治維新。つぎに昭和20年の終戦のときです。現在はそれらに匹敵するぐらいの規模で時代が大きく変わろうとしています。
の名言・格言
時代の変わり目にあるということが、実感として世の中にあまり伝わっていません。そこに問題があると思うんです。明治維新では幕藩体制が解体するという大事件があって、新しい国を作ろうと若い下級武士や公家たちが立ち上がった。昭和20年には敗戦によってアメリカの占領という大事件を経験した。そして公職追放で20万人以上の人が公職から追放され、かわって30代、40代の若手が行政や経営などの第一線に立ったわけです。「俺たちがやらなければ日本の国はどうなってしまうのだろう」という強い危機感があった。ところが今の時代は人々を立ち上がらせるための起爆剤となるような事件がない。
の名言・格言
会社の理念こそが、コーポレートガバナンスだと思います。昭和17年、キヤノン初代社長に就任した御手洗 毅(叔父)は、従業員が安心して幸せに暮らせる会社を作りたいという思いで経営しました。今日まで、この理念をずっと通してきましたが、なんの不都合もありません。