過去の名言から知り、今の生活に生かす

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城山三郎の名言・格言

いつのころからか、私は「この日、この空、この私」と書くようになった。人生、考え出せば、悩みだせば、きりがない。「この日、この空、この私」といった気持ちで生きるしかないのではないか、と。

人生の持ち時間に大差はない。問題はいかにして深く生きるか、である。深く生きた記憶をどれほど持ったかで、その人の人生は豊かなものにも、貧しいものにもなるし、深く生きるためには、ただ受身なだけではなく、あえて挑むとか、打って出ることも肝要となろう。

一日に一つでも、爽快だ、愉快だと思えることがあれば、自ら慰めることができるのではないか。これは私の造語なのだが、「一日一快」でよし、としなければ。

若い医師から癌と宣告された。幸い一週間にわたる検診の最終結果は、若い医師の宣告とちがったものになり、私は命拾いした。それ以降、何でもない一日もまた、というより、その一日こそかけがえのない人生の一日であり、その一日以外に人生はないと、強く思うようになった。明日のことは考えず、今日一日生きている私を大切にしようと。

壁があると思えば、本当に壁が立ちふさがってしまう。

東京へ出る予定なのだが、その前に仕事部屋へ寄り、机に向かった。書いた原稿はわずか一枚だが、それでも毎日仕事を続ける感じをと、わが身に言い聞かせて。サイトウサンペイ氏に、「三日続けて仕事をしないと、頭の配線図が消えてしまう」との迫力ある言葉があるが、この道四十年の私も、とにかく配線図が消えてはならぬと、いまなお、おびえている。

無所属の身である以上、ふだんは話し相手もなければ、叱られたり、励まされたりすることもないので、絶えず自分で自分を監視し、自分に檄を飛ばし、自分に声をかける他はない。

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