現実という壁の前に立った時、いたずらに壁の厚さのみを測ることがないだろうか。実行する前に言い訳を考えていないだろうか。とにかく壁に体当たりしてみることだ。鋼鉄と思っていた壁が、実は段ボール紙製であるかもしれない。たとえ鋼鉄であっても、ダイナマイトで爆破すればよい。それが創造的姿勢というものだ。
相手を憎んで、蹴落とすようなことは、私の性格に合わない。敵も自分から作らない代わりに、特定の人にべたべたとくっつくこともしない。あくまでも公明正大。堂々と渡り合う信念はある。
ただ一度の人生。その限りある生命の空間を飾って一点に全力を傾注することに、美しさに似たものを覚える。流通業に身を置く経営者として、何はさておいても流通の近代化と取り組んでいくのが、私にとっての永遠のテーマである。命ある限り、全力投球を続けたい。
我々の世代は「働く」の反対語は「休む」である。ワークの反対はレスト、これでは創造的ではない。ワークの反対はプレイ。そして、この二つが両立してこそ、新しい文化が花開く。ワークを一生懸命にやれば、プレイも命がけでする。それが若者ではないか。
自分自身の人生を、エキサイティングなものにしていかなければいけない。人間の能力にそんなに差はない。やる気さえあれば、だれでもたいていのことはできる。むしろ我々は、常に完全なことができるんだというひとつの信念を持つことが必要だ。
日常の生活の中にギラリと光る断面で、繰り返しのきかない場面にこそ人生がある。人間が生命をかける事業がそうである。自分を進んで危機に追い込んでいき、持てる全力を投入する。これが本当の人生である。
もはや手本はない。いまこそ主体的に変革を実行していくときである。企業家精神を大いに発揮し、痛みを伴いながらも、創造的で活力のある新時代を切り開いていく。それが日本経済を再生し、透明度の高い経済社会を作ることになる。
時代の流れから言って、かつてのような需要過剰、売り手市場の時代は二度と来ないと思います。景気は今、デフレ局面にあると言われていますが、これからは供給過剰、買い手市場が常態になる。そのような中で企業が存続していくには、買い手市場を前提とした新しいシステムを構築して、徹底的に消費者の理論に立って経営を推し進めていく以外にはありません。